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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)42号 判決 1993年2月26日

原告

リース・アンデレ・ロバート

右法定代理人親権者父

リース・ウィリアム・リチャード

同母

リース・ロバタ・ローズ

右訴訟代理人弁護士

中川明

山田由紀子

大島有紀子

東澤靖

錦織明

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

久保田浩史

外四名

主文

一  原告が日本国籍を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一国籍法二条三号は、子が日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないときは、日本国民とすると規定する。

本件は、「セシリア・ロゼテ」と名乗る女性で、出産後消息の知れない者を母として日本で出生した原告が、右二条三号に該当するとして日本国籍の確認を求める事案である。

二前提となる事実(認定した事実については、その項の末尾に証拠を掲げた。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告の母は、平成三年一月四日長野県小諸市<番地略>に所在する長野県厚生農業協同組合連合会小諸厚生総合病院に外来患者として初診し、同月一一日及び一七日の二回通院した後の同月一八日に出産のため入院し、同日一八時二九分に普通分娩で原告を出産し、退院した。同女のその後の消息は不明である。同月三〇日右病院の杉田和夫医師から原告の出生届がその国籍の記載なく、いったん長野県北佐久郡御代田町役場に提出された。

2  右届出は、同年二月四日に小諸市役所に回付された。同届出を受け付けた小諸市長は、子の国籍等を不明とする出生届であるため、その受理について長野地方法務局佐久支局長に対して出生届受理伺いをした。同支局長は、同月八日、母、子の国籍をフィリピン共和国として受理して差し支えない旨の回答をした。(<書証番号略>、弁論の全趣旨)

3  右出生届(<書証番号略>)には、原告の母は、「セシリア・ロゼテ」、その生年月日は一九六五年一一月二一日(満二五歳)と記載され、本籍欄(外国人の場合は国籍を記載する。)には、記載がなかった。それに添付された「孤児養子縁組並びに移民譲渡証明書」と題する平成三年一月一九日付けの書面(<書証番号略>)には、「Ma CEcilia ROSETE」が、「Andrew Robert Rees」の唯一の親で、この子の養育が不可能であるので、原告法定代理人夫婦と養子縁組をし、日本から合衆国への移民に関しても、将来何ら異議を申し立てることなく同意したことを証明する旨が記載されて、その署名捺印欄には、本人によるものではないが、「Ma CEcilia ROSETE」の署名がされている。(<書証番号略>)

4  右受理伺いについて調査した長野地方法務局佐久支局調査担当官に対し、右医師杉田は、同年二月八日原告の母は外国人と思うが、国籍は分からない、母親の詳細については、医事課の者に聞いて欲しい旨を述べ、同病院の医事課滝沢隆は、同日この出産の事務関係は、自分が担当したこと、原告の母は、同年一月二三日母子共に退院したこと、母子手帳を持っておらず、出産後の住所を明らかにしなかったのでその発行手続きもとらなかったこと、原告の母の身分を証するような持ち物は一切なく、会話は片言の英語とジェスチャーであったこと、カルテの中で母に関して明らかになっていることは、名前がセシリア・M・ロゼテ、生年月日は一九六五年一一月二一日及び血液型であるが、名前や生年月日は、本人の供述に基づいて記載したものであること、この入院カルテにはロバート・R・リース(原告法定代理人父)が保証人となっているので、原告の母については、その者が知っていると思うこと、母の国籍は分からないことを供述している(<書証番号略>、原告の母の述べた生年月日については、当事者間に争いがない。)。

5  同病院産婦人科婦長の萩原は、右担当官に対し、平成三年二月八日原告の母は用事のあるときは片言の英語かジェスチャーで看護婦に意思を伝えており、自分の印象では外国の女性には間違いなく、国籍はフィリピンかと思った旨を述べ、原告法定代理人父は、右担当官に対し、同日原告の母には病院で一度会っており、国籍はフィリピンと思うが、その現在の行方は知らない旨を述べている(<書証番号略>)。

6  外国人出入国記録(EDカード)によれば、国籍フィリピン、「ROSETE, CECILIA, M」、性別女、生年月日一九六〇・一一・二一、が一九八八・〇二・二四に空路をフィリッピン・マニラから大阪へ、在留資格四―一―四(一五日)、在留期限一九八八・三・一〇で入国しており、EDカード上の署名には、「Cecillia M Rosete」との綴りで署名がされている。この者は未だ出国していない。(<書証番号略>、弁論の全趣旨)

7  フィリピン共和国における「ROSETE, CECILIA, M」に対する旅券発行の有無に関する照会に対し、同国領事部領事記録課課長代理は、旅券課電子情報処理室のIBMマスターリストの記録に基づき、一九八七年一〇月二六日マニラにおいて申請者「CECILIA MERCADO ROSETE」、生月日一一月二一日(年は記載されていない。)、出生地「Talevara, Nueva, Ecija」、独身、渡航目的観光、渡航先アメリカ合衆国に対し旅券が発行されていることを確認しているが、右証明書によれば、本件旅券の処理済申請書は、理由は不明であるが、ファイルされていないとのことである(<書証番号略>)。なお、フィリピン共和国においては、旅券の発行に当たり、旅券申請者の出生証明書及び隣組組長や両親の宣誓供述書の添付によって本人であることを確認している(<書証番号略>)。

8  原告の父は不明である(弁論の全趣旨)。

9  原告は、当初国籍フィリピンとして外国人登録がされたが、その後「無国籍」として、登録し直され、国籍無国籍のまま、平成三年一〇月一七日原告法定代理人夫婦の養子となった。

三争点

1  国籍法二条三号の「父母がともに知れないとき」とは、日本国籍が認められなければ子が無国籍となるおそれのある場合を含むものと解すべきか。

2  国籍法二条三号は、その該当性を主張する者が、父母が共に知れないことを立証すべきか、或いは、その非該当性を主張する者が、父又は母が知れていることを立証すべきか。

3  原告は、国籍法二条三号に定める要件に該当するか。

四争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(原告の主張)

(一) 国際人権規約B規約二四条三項は、「すべての児童は国籍を取得する権利を有する。」と規定しており、この規定は国内法的効力を持つから、国籍法二条三号も、すべての子が国籍を取得できるような方向で解釈されなければならない。

(二) 昭和五九年の国籍法改正にあたっては、無国籍防止の理想を徹底するため、改正前の二条四号(現行の二条三号)の適用範囲を拡大し、わが国で出生し、日本国籍を付与されなければ無国籍となるべき子のすべてに当然に日本国籍を付与するものとするかどうかも検討されたが、改正前の二条四号の適用されない子は、両親の双方または少なくとも一方が外国の国籍を有しているから、両親がともに無国籍である場合と異なり、親の外国籍を取得できる可能性が大であり、またそれが結果的にも妥当と考えられるとの理由で改正はなされなかった。

(三) 以上の国際人権規約B規約二四条三項、昭和五九年国籍法改正にあたっての検討経緯に国籍法二条三号の立法趣旨を併せれば、同法二条三号にいう「父母がともに知れないとき」とは、父母の国籍を付与するための情報や資料の不十分なことが原因となって、日本国籍が認められなければ子が無国籍となるおそれのある場合一般を含むものと解すべきである。

(被告の主張)

(一) 国際人権規約B規約二四条三項の規定の趣旨は、児童が国籍を有しないと、現在の国際社会ではその地位が不安定になるので、児童が国籍を有する権利があるということを認める旨の原則を規定したものに過ぎず、締約国にその国籍を付与すべき義務までを課したものではない。

(二) 改正後の国籍法は、各国の国籍立法が異なることを前提にしながら、父母のいずれかが特定され、かつ外国籍を有しているときは、一般的に子がその父または母の有する国籍を取得できる可能性が大きいことから、父母がともに知れないことを日本国籍付与の条件としているが、父または母の国籍を取得する可能性の有無が要件となるものではない。このことは、昭和五九年の国籍法改正の検討経過にもかかわらず、父または母の外国籍取得の可能性自体を要件としなかったことから明らかである。

2  争点2について

(原告の主張)

一般に「知れない」ことの証明は、いわゆる「悪魔の証明」であるから、原告の「父母がともに知れない」か否かについての立証責任は被告にあり、原告の「父または母が知れている」ことを被告において立証しえない限り、原告が日本国籍を有することが確認されるべきである。

(被告の主張)

国籍法二条三号に該当するとされるためには、子の「父母がともに知れない」ことが立証されるべきである。

3  争点3について

(原告の主張)

(一) 長野地方法務局佐久支局の調査等によって認められるのは、原告の母が「セシリア・ロゼテ」と名乗った外国人女性であるという程度の事実に過ぎない。

(二) 外国人出入国記録にある「セシリア・ロゼテ」の記録も、次のとおり、その者が原告の母と同一人であるとの証拠にはならないというべきである。

(1) 近年、偽造旅券による入国や有効な他人の旅券を利用した不法入国が増加しており、入国審査手続は完全なものではない。したがって、出入国記録に「セシリア・ロゼテ」の入国の記録があるとしても、そもそも、フィリピン国籍の「セシリア・ロゼテ」なる人物が実在し、かつ、その本人が実際に我が国に入国したことが証明されたとは到底いえない。

(2) 「セシリア・ロゼテ」の入国記録と原告の出生届における母に関する記載を比較すると、両者の生年が異なっている。氏名と生月日は一致しているが、氏名と生月日のみであれば、原告の母が「セシリア・ロゼテ」を知っていて、自分の真の氏名や生月日を隠すために「セシリア・ロゼテ」の氏名・生月日を詐称したということも十分ありうる。その場合、生年についてだけは、年相応に見られるよう自分自身の生年にあわせたということもうなずけるところである。逆に、もし原告の母と「セシリア・ロゼテ」が同一人物であるとしたら、生年についてのみ嘘を言う理由はないし、自分の生年を間違えるはずもなく、全くつじつまの合わない話となる。なお、女性が自分の年齢を若くいうことはあり得るが、妊婦の年齢や出産経験が医師の重要な判断資料となる分娩に際して、五歳も年齢を若くいうことは考えられない。

(3) EDカードの署名欄のサインは「Cecillia」で、その氏名欄の「CECILIA」より「l」が一つ多く、本人であれば間違えるはずもない自分の名前に齟齬がある。また、孤児養子縁組並びに移民譲渡承諾書には「Ma CEcilia ROSETE」とあり、これも異なっている。結局、氏名についてみても、出入国記録にある者と原告の母との同一性には疑問があるというべきである。

(4) 前記の調査によれば、原告の母は片言の英語とジェスチャーでしか意思疎通ができなかったとされているが、出入国記録上「セシリア・ロゼテ」は昭和六三年二月二四日に入国しており、三年も日本で生活しておれば、簡単な日常会話程度の日本語はできるのが通常であるから、この点からも「セシリア・ロゼテ」が原告の母と同一人物とは考えられない。

(三) 「セシリア・ロゼテ」に対する旅券発行に関するフィリピン国の証明書によれば、同人の生年が不明であるばかりか、申請経緯が記録中に存在せず、そのことの理由も不明だというのであって、これは同人に対する旅券の発行手続が甚だ不明朗であることを示している。生年が不明であるのは、敢えて生年を記載せずに旅券を発行させ、他人がそれを利用できるようにしたものではないかとの疑いすら生じさせるところである。しかも、同証明書によれば、「セシリア・ロゼテ」のミドルネームは「メルカード(MER-CADO)」であるということであるが、これは前記の孤児養子縁組並びに移民譲渡承諾書の記載(Ma)と明らかに異なるものであり、他人の氏名を詐称したからこそミドルネームまでは熟知せず間違えたと考えるのが自然であって、「セシリア・ロゼテ」と原告の母親が全く違う人物であることを推認させる重大な事実である。

(四) 原告の母は出産後出生届をせずに行方不明になったのであるから、仮に同人がフィリピン国籍を有していたとしても、原告にフィリピン国籍が付与される可能性はない。実際、当初原告の外国人登録証の国籍はフィリピンとなっていたが、養父が原告とともにアメリカに一時帰国しようとしてフィリピン大使館に必要書類の交付を申請した際、大使館からは、母親がフィリピン国籍であることが証明されない限り原告をフィリピン国籍とは認めない旨の回答を受けたのである。このような状況の中で原告は無国籍と登録し直されたのであって、まさに、父母の特定性の不十分さが原因となって、無国籍となるおそれが現実化してしまったのである。したがって、前記の国籍法二条三号の解釈にしたがい、原告に日本国籍が与えられるべきである。

(被告の主張)

(一) 旅券を所持する者が本邦に上陸しようとする場合には、その者がいわゆるEDカード(外国人出入国記録、出入国管理及び難民認定法施行規則五条一項に規定する別記第六号様式による書面)を作成し、それを旅券とともに入国審査官に提出して上陸の申請を行うこととされている。そして、入国審査官は当該EDカードに記載された者とEDカードを作成提出した者について、旅券の写真等により同一性を確認するのである。したがって、EDカードに基づいて作成された出入国記録に記載があれば、その記載にかかる人物が実在し、かつわが国に入国したことが明らかである。本件における出入国記録の記載によれば、フィリピン国籍の「セシリア・ロゼテ」が実在し、わが国に入国したことは明らかである。しかも、「セシリア・ロゼテ」に対する旅券発行の事実は、フィリピン共和国が確認済みである。よって、本件においても、「セシリア・ロゼテ」の実在は確実に担保されているものということができる。

(二) 右にみた入国者と原告の母との同一性についてみるに、出生届及び出生証明書、孤児養子縁組並びに移民譲渡証明書、さらに原告の出生した病院関係者の供述等から、原告の母が「セシリア・ロゼテ」という名で一九六五年一一月二一日生まれであると称していたことが認められ、出入国記録と氏名及び生月日の一致が認められる。これらのことから、原告の母と前記(一)の入国者との同一性についても、優に証明されているものというべきである。さらに、前記病院関係者の供述等において、原告の母はフィリピン人らしいとされていることも、出入国記録と一致するものであって、このことも被告の主張を補強するものということができる。

(三) 原告主張のような不法入国等の例は、全体のなかで極めて小さなものでしかなく、出入国管理記録の信用性を揺るがすものとは到底いえない。また、原告は、種々のケースを想定して、「セシリア・ロゼテ」と原告の母の同一性に疑いを差し挟もうとするが、いずれも、根拠の薄弱な想像に過ぎず、氏名・生月日・国籍の一致という事実による同一性の証明を覆すものとは考えられない。

第三争点に対する判断

一争点1について

国籍法二条三号は、子が無国籍となるおそれそれ自体を要件としているわけではないから、同条の趣旨及び昭和五九年国籍法改正の経緯並びに国際人権規約B規約二四条三項を前提としても、「父母がともに知れないとき」という要件を、日本国籍が認められなければ子が無国籍となるおそれのある場合一般を含むものと解すべき根拠はない。しかし、同条同号が「父母がともに知れないとき」を国籍付与の要件としたのは、父母のいずれかが特定され、かつ外国籍を有しているときは、一般的に子がその父または母の有する国籍を取得できる可能性が大きいことを根拠とするものであるから、右要件の判断に当たっては、右の趣旨から、子に国籍が付与されることが可能な程度に父母のいずれかが特定されているかどうかという観点から検討することを必要とするものというべきである。

二争点2について

1 自己が日本国籍を有することの確認を求める訴訟においては、自己に日本国籍があると主張する者が、国籍取得の根拠となる法規に設定された要件に自己が該当する事実を立証しなければならないものであり、国籍法二条三号の「父母がともに知れない」という要件についても、これと異なるところはないというべきである。しかしながら、人の身元が分からないことを証明することは困難であるから、右要件の立証については、その者の出生当時の状況などにより、そのような事情の下においては、通常は父母をともに知ることができないであろうと考えられる程度に事実を立証すれば足り、そのような事実が立証されたときは、その相手方において、父又は母のいずれかの身元が判明していることを立証しない限り、右要件該当の事実につき証明があったものとして取り扱うのが相当である。

2 なお、反証として父又は母が知れていることを立証するについては、単に、父母のいずれかにつき、その身元を探索するための何らかの手掛かりがあることを示すだけでは足りず、父母のいずれかについて、子にその親の国籍取得を可能にしうる程度にこれを特定して示す必要があるものというべきである。

三争点3について

1 前記の前提となる事実によれば、原告の母は、その氏名、年齢を申告したものの、その余の身分関係は明らかにしなかったし、その身分を証するようなものも何ら所持せず、会話は、片言の英語とジェスチャーのみで行い、退院後の住所を明らかにせず、原告出産後その出生届もしないまま退院して、以後行方不明であるというのであって、このような事情の下においては、父はもとより母を知ることもできないのが通常の事態と考えられるというべきである。

2  出入国管理及び難民認定法及び同法施行規則によれば、本邦に入国しようとする外国人は、有効な旅券で日本国領事館等の査証を受けたものを所持し、上陸しようとする出入国港において、入国審査官に対し上陸の申請をして、上陸のための審査を受けなければならず、審査に当たっては、氏名、国籍、旅券番号、渡航目的等を記載した書面(EDカード)を提出したうえ、旅券を提示しなければならないこととなっているから、一般的には、入国しようとする外国人が、有効な旅券を所持している者であり、その旅券の発行を受けた者と同一人であることは、右手続きにおいて確認されるものということができる。しかしながら、右前提となる事実によれば、フィリピン共和国の記録上、旅券を発行した「CECILIA MERCADO ROSETE」の生年は記載されておらず、通常はファイルされている申請書等の記録もないというのであって、このことは、同女に対する旅券の発行手続に何らかの手違いないし作為があったのではないかということを疑わせるに足りるものといわざるを得ないのである。そして、この旅券を提示して「ROSETE, CECILIA, M」なる女性がわが国に入国しているが、その際のEDカードの署名は、ファーストネームが「Cecillia」となっていて、記録上のファーストネームより「l」が一つ多くなっており、同一人物で、自らの名前の綴りをこのように間違うことは考え難いところであるというべきであって、以上の事実に、近年、他人名義の旅券や、全く偽造の旅券で我が国に入国する事例が跡を絶たないこと(<書証番号略>の新聞報道にもあるが、公知の事実に属する。)を考え併せれば、「ROSETE, CECILIA, M」を名乗って、我が国に入国した者は、何らかの手段により、フィリピン共和国において、自らの身元ではない、「ROSETE, CECILIA, M」の名義による旅券を取得し、これを提示して不正に我が国に入国したものではないかとの疑いを払拭できないというべきである。

3  仮にそうではなくて、フィリピン共和国における右の者への旅券の発行手続に誤りはなく、これを提示して我が国に入国した者が、真実「ROSETE, CECILIA, M」であって、EDカードへの署名は、それが本人の使用していた綴りであったとした場合においても、前記前提となる事実によれば、我が国への入国の際の申告においては、右女性の生年月日は、一九六〇年一一月二一日となっているが、原告の母の申告における生年月日は、一九六五年一一月二一日となっていて、月日は一致するものの生年が五年も異なっているのであって、本人とある程度接触のある者であれば、本人の生月日を知ることは比較的容易であると考えられる反面、同一人物が接客の必要等の理由も特にないのに五年も年齢を偽ることは考え難いこと、他人が代筆したものではあるが、その記載については本人も確認したと考えられる「孤児養子縁組並びに移民譲渡証明書」には、「Ma CEcilia ROSETE」の署名がされているが、その者ではないかとされるフィリピン国籍の者の旅券のミドルネームは、「MERCADO」であって、「Ma」という省略がされるはずはないし、ミドルネームをラストネームの前、一番最初に記載するはずもないこと、原告の母が、真実「ROSETE, CECILIA, M」であれば、昭和六三年二月に我が国に入国し、既にその当時約三年間日本で生活していたことになるから、ある程度の日本語による会話をすることができたのではないかと考えられるのに、原告の母は、病院において、片言の英語とジェスチャーのみで意思を通じていたことなど、右旅券を提示して我が国に入国した者と、原告の母との同一性を疑わせる事情があり、このことに、近年、観光ビザで我が国に入国し、滞在期間が過ぎても出国しないで就労している外国人女性が多数存在していること(これも公知の事実といえよう。)を考え併せれば、氏名不詳の外国人女性が、何らかの機会に、「ROSETE, CECILIA, M」と知り合い、その名前と生月日を知ったことから、出産の際に同女の身上を詐称したのではないかとの推測をいれる余地は充分にあるといわなければならない。

4  そうすると、原告の出生当時の状況によれば、原告の父母は、これを通常知ることができないと認められるところ、原告について、父又は母のいずれかが知れていることを認めることはできないから、結局父母が共に知れないと認める外はない。

第四結語

よって、原告の請求は理由がある。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官喜多村勝德 裁判官長屋文裕)

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